エリック・レイべンズクラフト|ERIC RAVENSCRAFT

『WIRED』のプロダクトライター兼レビュワーで、オースティンを拠点としている。『ライフハッカー』『OneZero』『ニューヨークタイムズ』などのサイトで10年近くにわたってテクノロジーの使い方を読者に伝えてきた。また、Twitchの『WIRED』チャンネルで時折配信を行なっているほか、YouTubeではLord Ravenscraftとして活動している。

フェイスブックがメタ・プラットフォームズにリブランドされて以来、デジタル・ランドラッシュ(不動産投資)の話題が相次いでいる。投資家たちは、サイバースペースの土地を、時には数百万ドルも出して購入し、メタバースの丘には金(ゴールド)が眠っていると確信しているようだ。大金を持った人たちがこれだけ殺到するからには、さぞかし儲かるに違いない。

しかしながら、テクノロジーのこの新しいフェーズを議論するときにわたしたちが使ってきた言い回し、つまり、開発スペースの限られた単数形のメタバースという表現が、本当はどちらかといえばアーリーアクセス版のビデオゲームや株価を上げ下げする風説の流布に近いその現実を覆い隠すのに役立ってきた。

ナラティブ

フェイスブックがブランドを刷新してからまだ数カ月しか経っていないが、この発表が「メタバース」についての話題を一気に盛り上げたと言っても過言ではないだろう。

初めに言っておきたいのは、ほとんどの人が「メタバース」という表現を使っているが、実際には、例えばわたしたちが「インターネット」と言うときに表すものに相当するような、唯一つのメタバースは存在しない。メタ・プラットフォームズの「Horizon Worlds」やマイクロソフトの「Mesh」のようなサービスが互いにつながることはなく、それぞれ別々のバーチャルリアリティ(VR)アプリに過ぎない。

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このような言葉の使い方の問題点は、例えば、ある企業が自社のVRアプリやビデオゲームやソーシャルプラットフォームを「メタバース」の一部だと言えば、そのアプリはメタバースという言葉から想起される漠然とした未来が起こる場所に違いないという印象を与えてしまうことにある。これは、「拡張現実(AR)が未来で、Google GlassはAR製品だから、Google Glassが未来だ」と言っているようなものだ。

こうした暗黙の枠組みの中で、暗号マニアのサイトから『Business Insider』や『ニューヨーク・タイムズ』に至るまで、あらゆるところでメタバース関連の記事が出され、投資家がバーチャルの土地に数百万ドルを投じている状況を、特にVRプラットフォームのDecentraland(ディセントラランド)にある116区画の不動産が240万ドル(約2億8,000万円)で売却されたことを取り上げて「バーチャルロケーション・ブーム」を喧伝している。

そこでは、「バーチャル不動産」企業を自称するメタバースグループの幹部たちが、「メタバース」で土地を購入することはマンハッタンが開発されるずっと前に不動産を購入するようなものだと語っている。

icon-picturePHOTOGRAPH: SEBASTIAN-JULIAN/GETTY IMAGES

もう少し詳しく説明しよう。DecentralandやSandboxのようなプラットフォームは、それぞれ特定のバーチャル世界の地図の一画を示すNFTベースのトークンを販売しているが、それらの世界が互いの境界を越えて交わることはない。

「フォートナイト」のデジタルコンサートからフラットアースやQアノンまで、オンラインでの社会的体験や運動を幅広く取材し、現在は暗号領域を研究しているビデオエッセイストのダン・オルソンは、『WIRED』の取材に対して次のように説明している。「そうした企業はトークンを売ることで、その空間内に建設する許可を与えるのです。つまり購入者は事実上、企業のサービスを購入していることになります」

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別の言い方をすれば、これらのプラットフォームで「不動産」を購入することは、確かにマンハッタンに不動産を購入するようなものだが、ただしそれは、誰もが別のマンハッタンを無限につくり出すことができ、簡単にその土地を得ることができるような世界での話だ。つまり、ユーザーが「この」マンハッタンで土地を買うのは、そのマンハッタンが存在するプラットフォームが他のプラットフォームよりも優れたサービスを提供している場合に限られるということだ。

こうしたプラットフォームは、ほとんどの点で、一般的なビデオゲームに似ている。カスタマイズ可能な3Dアバターをマウスとキーボードで操作し(ここではVRやARは無用だ)、バーチャル環境の中で動かす。バーチャルソーシャルワールドをビデオゲームとみなすかどうかという議論は、Second Lifeの登場以来ずっと続いているが、どう呼ぼうとも、これらのプラットフォームにおける第一の革新性は、NFTと暗号通貨の使用にある。

Decentralandは、NFTの使用によってゲームワールド内の土地(LAND)の希少性を高め、結果として価値を高めることを売りにしている。土地を購入すればLANDの一部を所有することができるだけでなく、スペースに対する需要が高まって価値が上がると、その時点で売却することもできる。あるいは、広告を出したいブランドにスペースを貸し出したり、イベントを開催して売上の一部を受け取ったり、ショップを開いてデジタルアイテムをユーザーに販売したりすることもできる。

この種の開発を伝える際に投資家や報道機関が使う言葉は、現実の不動産用語によく似ている。たとえばMetaverse Groupの株式を50%所有するToken.comのプレスリリースでは、同社がDecentraland内にある「デジタルグラウンド」にタワーを「着工した」──『ニューヨーク・タイムズ』もこの記事を報道する際に同様の言い回しを用いている──と報じ、同タワーは現在Metaverse Groupが所有する土地区画内で「建設中」であるとしている。

3Dモデルやバーチャル環境の設計プロセスを表すのにこうした表現を使うのは珍しい。ソフトウェアエンジニアで暗号通貨に懐疑的なスティーブン・ディールが『WIRED』に語ったように、この種の言葉は、技術的なプロセスを説明するためというより、ストーリーを構築するために使われている可能性がある。「人々は、背景にあるナラティブのようなものを必要としているのです。なぜなら、結局のところ、コンピュータの中の数字を買っているだけですから」とディールは言う。「新しい高層ビルや建物の中の何かを買っているのだなどという話は、ほとんどデタラメみたいなものです」

現実

Decentralandはブラウザベースのサービスで、2017年からバーチャルの土地区画を販売してきたが、バーチャル世界自体は20年2月からしか公開されていない。中身は、まだアーリーアクセス版のゲームを思わせるものだ。ユーザーが最初に足を踏み入れるロビーには、たいてい十人余りのプレイヤーがうろうろしていて、さらに多くのプレイヤーが全く動かずに立っているが、マップを見ると、いくつかの重要なエリアにプレイヤーが集まって小さな集団ができているだけで、あとはほとんど空っぽであることがわかる。

Decentralandにある「ファッション地区」を訪れてみた。ここは、マップの西の端に位置する広大な土地で、中央を走る1本の道路で分割されている。地区の大部分は初期状態の地形で覆われていたが、例外的に建物が立ち並んでいる、ウィーンのグラーベン通りふうにつくられた場所があった。それぞれの建物の正面を、シャネル、ドルチェ&ガッバーナ、トミーヒルフィガーなどのデジタル広告が飾っているが、中に入ることはできない。ここには店もなければ、クリックしたり買ったりできるものもなく、こうしたブランドが、自分たちのロゴやデザインが使われていることを許可しているのか、知っているのかさえ不明だ。

大勢の人で賑いそうなショッピングセンターというよりは、映画のセットのように感じられる──いつかこの場所にできるかもしれないが、いまはまだないものの書き割りだ。240万ドル(約2億8,000万円)で落札された116区画の土地は、空き店舗群のすぐ南側にあって、まったくの不毛地帯となっている。どこから見てもゴーストタウンだ。

Decentralandにはほかにも至るところに店舗があるが、それはこのワールドの曖昧な定義によって支えられているに過ぎない。いくつかのギャラリーでは、NFTのアート作品が展示されていて、そのなかにはサザビーズの展示もあり、作品に近づいてクリックすることができる。しかし、Decentralandで作品を購入することはできない。その代わり別のタブで実際に取引を行なう外部サイト──通常は、OpenSeaやRaribleのようなNFT用の既存のストアフロントにリダイレクトされる。この時点で、その外部サイトの探索に容易に気を取られてしまうだろう。

PHOTOGRAPH: ERIC RAVENSCRAFT VIA DECENTRALAND

「これは、3Dウェブというコンセプトに対する、本当にとても、とても、とても古い、90年代に見られた批判の一部ですが」とオルソンは言う。「わたしたちの頭の中には、Dominos.com[編註:ドミノピザのサイト]にアクセスするという体験がもっと本物らしく感じられるものであれば、もっと関心を引くものになるだろうという考えがあります。それは間違いではありません。確かにもっと面白い体験になるでしょう。でも、別の面もある。もっと不便にもなるんです」

仮にDecentralandがその仮想世界に高級ファッションブランドを誘致できたとしても、商品を購入するユーザーがいなければその店は役に立たない。そして、Decentralandでどれだけの人が活動しているのか、本当の意味で把握することは難しい。常に何人の人がオンラインになっているかを示すトラッカーによると、わたしがその中で過ごしていた数日間、同時接続者数が1,600人を大きく上回ることはほとんどなかった。しかもこのゲームでは、長いあいだ放置状態になっていたプレイヤーが排除されることはない。わたしは仕事中、そして夜中もずっとセッションを開いていたが、その間一度も切断されなかった。このため、“アクティブ”なユーザーのうち、タブを開いたまま立ち去った人が実際にどれくらいいるのか、はっきりした数字を知ることは困難だ。

ゲーム(こう呼ぶより適切な言葉がないので)自体はバグだらけで、モデレーションツールも壊れているか存在していない。Decentralandでは、プレイヤーはボイスチャットを使って近くにいる人に話しかけることができるが、これを「フレンドのみ」に制限するフィルターにはベータ版のラベルが貼られていて、わたしの場合はうまく作動しないことが多かった。特定のユーザーをブロックすると、その人のメッセージはチャットに表示されなくなるが、その人の3Dモデルは空間に物理的に存在しているので、あなたの周りについてくるのを止める方法はない。

チャットや表示名に含まれる特定の汚い言葉は、基本的な冒涜フィルターによって検閲される(明らかな中傷は、ユーザーがフィルターを無効にしても検閲される)。だが、ユーザーは末尾に余分な「#1234」タグを必要としないユニークなアバター名を得るために、別に料金を払ってNFTをミントすることも可能だ。

Decentralandのマーケットプレイス(そのなかにはユーザーが所有する、現在は販売されていないNFTも掲載されている)を見ると、いまのところさまざまなプレイヤーが中傷表現を含むNFTを所有している。Nワードを含むものが4つ、Fワードを含むものが2つ、そのうちのひとつは両方を含んでいる。さらにこれらはNFTなので、他のNFTと同様に売買することができる。本稿執筆時点では、「Jew」という名前が36万2,000ドル(約4,200万円)相当で販売されていた。

通常のゲームであれば、開発者が直接ユーザーを禁止したり、攻撃的なユーザー名をブロックしたりすることが期待できるかもしれない。だが、Decentralandは、DAO(分散型自律組織)によって運営されていることを売りにしている。この部分的に自動化されたシステムは、「スマートコントラクト」を使用して、Decentralandに金銭的な出資をしているコミュニティメンバーの投票に基づいて特定のタスクを自動的に実行していて、メンバーが通貨や土地に多く投資すればするほど、より多くのVoting Power(投票力)を得ることができる仕組みになっている。

このようなスマートコントラクトのひとつが、コミュニティの投票によってのみ変更が可能な禁止ネームのリストを管理している。ある例では、「ヒットラー」という名前を禁止する提案に対してコミュニティは賛成した(51票対15票)が、Voting Powerで閾値に到達しなかったためにこの投票は成立せず、提案は却下された。

Decentralandが21年12月6日に投稿したブログ記事では、Nワードを「禁止ネーム」リストに追加するための投票が無事に通過したことなどが報告されていた。だがNワードはDecentralandのマーケットプレイスで(この記事を書いている12月26日の時点で)まだ見つけることができるので、この投票結果が実際に反映されているのか、あるいはすでに作成されたNFTにも適用されるのかは不明だ。

将来的には、高級ブランドがバーチャル世界に店舗を構え、ユーザーが実店舗を訪れたかのようにショップを閲覧できるようになるかもしれない。だが、バグの多いソフトウェアや最小限のユーザーベース、そして中傷的な言葉を売買できるうえにそれを阻止するには複雑なガバナンスシステムに拠るしかないという状況が、このプラットフォームにとって有利であるとは思えない。

それでも投資家たちは「ここは金(かね)になる」と信じているようだ。

ザ・マネー

Decentralandの大きな売りは、ユーザーがゲーム内で「土地(LAND)を買う」ことができることだが、そのプロセスは複雑だ。

ユーザーがランドトークンを通常のドルで直接購入することはできない。ほとんどのランドトークンは、ビットコインの代替品として人気のあるイーサ(ETH)でも買うことができない。その代わり、多くの暗号通貨プロジェクトと同様に、Decentralandは「マナ(mana)」と呼ばれる独自の暗号通貨──厳密にはデジタルアセットの一種であるERC-20トークン──をもっている。これはつまり、Decentralandはイーサリアムのブロックチェーンを使用して構築されてはいるが、マナの価格はイーサよりもはるかに変動しやすいということを意味している。

現在、Decentralandの最も安い土地区画はおおむね4,000マナ程度で販売されていて、これは本稿執筆時点では1万5,000ドル(約173万円)近い額に相当する。だが、ユーザーは一度土地を購入すると、誰かがその区画を購入したいと思うまでその資産を保有することになる──結局のところ、ランドトークンは代替不可能だからだ。一方、マナは代替可能なので、ユーザーが大量のマナを持っていれば、土地を買いに来た新しいユーザーを含め、マナを買いたい人にそのトークンを売ることができる。

土地は非常に高価で、マナの市場は非常に小さいので、どちらの価格を動かすのにもそれほど大きなアクションを起こす必要はない。「プレスリリースを出せば、イーサの価格を変えられるでしょうか? もちろん変わる可能性はありますよ」とオルソンは言う。「でも、確実に価格が変わるのはマナと土地の価格だと思いますね」

これは、すでにマナについて何度か起こっていることだ。フェイスブックがメタ・プラットフォームズにリブランドされた2日後に、当時1ドルを超えることは滅多になかったマナの価格が3.71ドルにまで急騰した。このとき、ニュースメディアは──CoinDeskのようなニッチな暗号通貨マニアのサイトに始まり、後にはCNBCも──マナの価格上昇を報じ、「メタバース」への好意的な関心と解釈した。

その数週間後の21年11月22日には、前述したDecentralandのファッション地区にある116区画の「不動産」が61万8,000マナで売却された。翌日、Token.comは「史上最大のメタバース土地取得」を告げるプレスリリースを発表し、これは多くの暗号通貨サイトだけでなく、ロイターや『ナショナルポスト』でも取り上げられた。プレスリリースが発表されたとき、マナの価格は4.10ドルほどだった。

そしてその2日後、マナの価格は41%強も上昇し、史上最高値の5.79ドルを記録した。

Decentralandのスペースがいつかバーチャル店舗やイベント会場として価値をもつかどうかは別として、その土地を購入するのに使われた通貨の価値は、約1カ月で5倍以上になった。

数字の上昇が不正な企みの本質的な証拠になるわけではないが、暗号資産がこのように急激に上下する動きを見せたことについては、少なくとも疑いの目が向けられるべきだろう。マナが史上最高値を記録した日、トークンの取引量は114億ドル(約1兆3,200億円)を超え、ひとつの土地売却に費やされた240万ドル(約2億8,000万円)という金額をすっかり霞ませてしまった。

実際にDecentralandや、あるいはそれに似た他のバーチャル世界がインターネットの未来を担うことになるのかもしれない。だが、もしそうでなければ、それらのシステムにはすでに莫大な資金が投資されており、誰かがその責任を負うことになるだろう。しかもこれらの「メタバース」プロジェクトの多くは、「インターネットの未来はこの中に、この特定の空間にあるので、いま買っておけば次のデジタルマンハッタンの家主になれる」というストーリーをまとっているため、最終的にツケを払うのは、単にいいストーリーに惹きつけられただけの普通の人々になってしまう可能性がある。

このようなストーリーは大抵、プレスリリースや企業発表、ニュース報道などで語られ、そこには最も利益を得る立場にある人たちの声しかない。だが、オルソンが説明したように、より多くのものを失うのはこれらの物語の視聴者なのだ。

「ターゲットにされているのは、中流階級と呼ばれる人々です。制度に圧迫され、支払い能力が失われていくのを感じている人たち、ギグ経済に首を絞められていると感じている人たちです。そんな人々に『これはあなたのチャンスです』と言って売り込んでいるわけです」とオルソンは言う。「必要なのは正しいコインに賭けることです。正しいタイミングで正しいミームに賭ける。あるいは正しい猿[編中:NFTコレクションBored Ape Yacht Club(BAYC)のこと]に賭ける、それだけです。そうすればキャッシュアウトできる。逃げ切ることができるのです」

WIRED US/Translation by Michiko Horiguchi, LIBER/Edit by Michiaki Matsushima)